カメラ事始め Mamiya 16】   ハコブツ館館長の体験カメラ

  《私のカメラ初体験》 ハコブツ館館長 今井種男

  中学を出るまでは、当時写真館をしていた叔父のドイツ製のジャバラのカメラをよくイジッていたが、自分自身の第一号機は、マッチ箱とほとんど同じ大きさのポケットに入るかわいいカメラだった。
 

現存するマミヤ光学が売っていた【マミヤ16】という豚皮のケース入りのもので、いつもマイポケットの中で行動をともにしていたものだ。

このカメラが発売されていたのが昭和25年(1950年)頃、
勿論 occupied Japan(*1)の刻印がある。

*1 occupied Japan
第二次世界大戦後の日本で、主に外貨獲得の目的に作られた製品

 懐かしくて、一台はずう〜っと手元に置いてあったが、一年ほど前この安価で50年も前の豆カメラ(小型カメラ)ながら非常に美しいものが手に入り、それ以来我が王国の大切な宝物として、小さな体ながら大きな顔をして鎮座している。
 また心憎いことに、なんと各種色フィルター(白黒撮影の際いろいろ取り替えて使い分ける)が約10色・ブタ皮ケース・マガジンなどがしっかりついているのである。



 mamiya16で当時撮影した写真はごらんの通り。

懐かしいボンネットバス


現在大阪の若者文化の町アメリカ村
 (周防町)あたり 
               
 知人とアメリカ兵 
アメリカ兵が下げているのは argus か

  
       

アメリカ兵の車
 No,に注目
兵 30.605 とかかれている

       追記:    このカメラの大きさがわかっていただけると思うので、参考に。

隣においてあるトランプは
CANON のもので、1930年代の カンノン から 現在のカメラまで CANON製カメラの歴史が絵柄でわかるようになっている。
            


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